須坂取材その2 グラフィックデザイナー
中沢定幸さん

 

取材前から中沢定幸さんについて耳に入ってくるのは「天才、でも変態」という言葉。一体どんな心構えで取材に向かえばいいのか、定まらないまま取材当日を迎えた。

訪ねたのは「アトリエとお店、ときどき教室 ヤンネ」。須坂の蔵造りの町並みに合った建物だ。ここは中沢さんを含む「nana*t(ナナット)」というデザイナー6人組が切り盛りしている雑貨屋さんで、物販だけでなく、須坂の町を活気づける取り組みをさまざまに行っている。

実は取材がはじまる前、中沢さんとふたりきりになる場面があった。私は平静を装ってはいたが、緊張で心臓はバックバクだった。

目の前にいるのは長野県屈指のすごいデザイナーさんであって、私はまだ心構えができていなくて、失礼のないようにどうすればいいか…。

そう考えていたら、中沢さんが「どうぞ、座って!」と笑顔で話しかけてくださった。話していくうちに私の緊張も少しずつ取れていって、私にとっての中沢さんは「気さくで面白い人」になった。

中沢さんがデザイナーの道に進むことを決めたのは29歳の時。それまでは出版社で編集の仕事をしたり、なんと郵便局で働いていたこともあるという。

ほかの仕事に就きながらも、周囲に「デザインがしてみたい」と話していた中沢さんのところに知人から声がかかり、デザイナーとしての道に進むことになったという。

ここで、中沢さんのデザインしたなかで私が驚いたものを少し紹介しようと思う。

1つ目は、長野駅ビル「MIDORI」にあるコインロッカーに描かれたイラストが、実は中沢さんが描いたものだということ。
私は電車通学しているので、そのコインロッカーを目にすることは何度かあった。そのたびに「目を引くイラストだな~」と思っていたのだが、それを描いたのが目の前にいる中沢さんだったとは。内心すごく驚いた。

2つ目は、中沢さんが岡学園でテキスタイルデザインをしたことがあること。
しかも! その生地で学生が洋服を作り、その服を着たモデルさんの写真が、岡学園の車に印刷されていた。今回の取材にはこの車で来ていたので、あまりにタイムリーすぎて驚いた。

その他にも、須坂クラシック美術館のポスターやチラシ、旧小田切家住宅のロゴやオリジナルグッズなど、中沢さんのデザインが須坂市にあふれている。とても素敵なことだなと思った。

中沢さんに、今、私が1番思い悩んで行きづまっていることについて個人的な質問をさせていただいた。
私はまだ「コンセプト」というのが一体なんなのか、自分の中で答えが出しきれていない。そんな考えのままでは納得のいくデザインはできないだろうし…と、絶賛モヤモヤしていたのだ。

中沢さんの答えはこうだった。

「何を、どう伝えたいか。売るためのツールとして、何が必要で、何が大事なのか。そんなに難しく考えずに、もっと単純に考えていいんじゃないかな。なんなら雑談している時の方がアイディアは生まれやすかったりするよね」

中沢さんの言葉で「慌てなくても、自分のペースでいいんだな」と思えた。確かに、難しく考えすぎていた自分がいたと思う。

そして中沢さんにデザインやファッションを志す10代へのひと言をいただいた。

「興味のあることは勉強して、直接会ったり、見たり、聞いたり、たくさん出歩いた方がいい。そして、やりたいと思っていることは、人に話した方がいい。そうすると誰かしらが必ず助けてくれるから。あとは、仕事に対しては絶対手を抜いてはいけないし、自己満足では終ってはいけないよね」

それまで気さくに話してくださっていた中沢さんが真面目な表情で語るので、言葉の重みを感じた。当たり前のように思われていることが、根っことして一番大事だということに改めて気づかされた。

今回の取材は得るものが多くて、それを自分なりにしっかり吸収できたのは、きっと中沢さんの伝え方が上手だったからなんだと思う。

かっこいいなぁ~。

私もそんな大人になりたいし、中沢さんのように自分のデザインであふれた町を作りたいな。

(取材・文/長野プロデュース科1年 丸山亜緒衣  写真/NP)

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