上田取材その1
昔も今も人やものが行き交う要衝の地
(上田市)

◇上田市の成り立ち

上田市は、戦国時代に真田昌幸が上田城を築城した折に、城下町として原型が形づくられました。
2016年にはNHK大河ドラマ「真田丸」で町は沸き返ったことは記憶に新しいところです。
真田氏が2度にわたって徳川の大軍を退けた上田城は、現在では上田城跡公園として整備され、全国から真田ファンが訪れています。

江戸時代には北國街道の宿場として、また上州街道が分岐する要衝(ようしょう)の地として栄えました。
かつて上田藩主の居館があった場所は上田高校となりましたが、表門、土塀、土塁、濠などを今でも見ることができます。

また明治から昭和にかけて盛んだった蚕糸業の技術を受け継ぎ、製造業において高度な技術をもつ企業が現在の地域経済を牽引しています。

◇柳町界隈

江戸時代の宿場の様子を色濃く残す柳町界隈。
南北に走る旧北國街道の両側に、白壁の土蔵や、整然とした格子造りの家並みが立ち並びます。

創業350年の歴史をもつ造り酒屋「岡崎酒造」、昭和初期から味噌を醸造している「武田味噌」など、古くからこの地で商う店のほか、東京に本店を構える天然酵母パンの先駆け「ルヴァン」上田支店、東御市にワイナリーを構える「はすみふぁーむ」のアンテナショップなど、古い建物を利用して店舗とする店もあります。

柳町通りの北端にある「保命水」は、近くの海禅寺の境内に湧く水を引いてきたもの。
かつては街道を往来する人々に利用されるとともに、町の人々の生活用水として使われていました。
1922(大正11)年に上田市に上水道が敷設され、また水圧が減ったこともあり、現在は水源として利用はされていませんが、柳町通りに風情を添え、涼しげな水音を立てています。

(取材・文/NP  写真/長野プロデュース科1年 丸山亜緒衣)

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