佐久取材その4「星の坊主さま」主宰
小城雄哉さん

はじめは読み間違いかな?
と思ったけれど、やっぱり何度読んでも「星の坊主さま」。
なんて可愛らしくて個性的なんだろう!
早くお話しを聞いてみたくて、取材に行く前からうずうずしていた。

「星の坊主さま」という屋号を掲げている小城雄哉さん。
1983年、東京都出身。
大学では人間科学部に在籍して心理学を学び、教育系のカウンセラーを志していた。
しかし、思うところあって建築、美術、メイクアップなど、さまざまな職を経験したのち、もの書きを仕事に選んだ。

自費で出版した小説を、都内にある何軒かのカフェに置いてもらったところ、それを読んだ編集者から声がかかり、 児童文学を執筆するようになった。
大学卒業から数年で、執筆の仕事だけで食べていける ようになったという。

しかし、2011年3月11日に起きた東日本大震災で、小城さんの中に、ある思いが生まれた。

「自分の食べるものくらいは、自分で作ろう」

震災により流通はストップ。立場の弱い人から食べられなくなる光景を目の当たりにし、そして小城さん自身も思うように食べられなくなった経験から、自給自足の生活を思い描くようになったのだ。

震災の翌年、執筆環境を変えるため、伝手を頼りに長野県上水内郡信濃町へ移住。 借りた家に畑がついていたこともあり、独学で農業をはじめる。 その後、小布施町の「くりのみ園」で求人があることを知人から教えてもらい、一年半の間、 障害者の方と一緒に農業に勤しむことになった。

農業の魅力を感じる日々の中で、「もっと有機農業を勉強したい」と思い、長野県に問い合わせをしたところ、

「有機農業をやるなら東信に行った方がいい」

と言われ、再び移住することに。
そして佐久市旧望月町で、無農薬、無化学肥料で農業に取り組む「ゆい自然農園」での2年間の研修を経て、2016年春に独立し「星の坊主さま」が誕生したのだ。

ちなみに有機農業とは、近代農業が化学肥料と農薬を武器に省力型農法によって推進されているのに対し、土壌中の腐植などの有機物を栄養に作物を育てる本来の農業のあり方をいう(コトバンク参照)。

ゆい農園で「ここ(望月)に住むなら、まずYUSHI CAFEに行って、カウンターに座っておいで」 と言われた小城さんは、言われるがままに店へ行き、カウンターに座った。
そこには見るからに地元の農家と思われる男たちがいた。 そこで小城さんは、いかにも常連だと思われる彼らに、将来の展望を全部話すようにと促され、時間をかけて話したという。

「君にとって必要なことを、おれたちが理解していれば、君が得られないような情報を、おれたちが普段の生活の中で得られるかもしれない」

彼らが小城さんに全部話すように促したのは、ひとりでは物理的に得ることができない情報を、 町のネットワークを使えば思ったよりも簡単に得ることができるかもしれないよ、ということを伝えるためだった。

例えば、トラクターが必要なとき、その情報を共有すると、誰かがちょうどトラクターを手放したいタイミングであることがわかった。 そうやって、お互いの希望が自然につながって、お互いが納得する落としどころで、希望が実現する。

そんな風に、情報が共有されていれば、助け合うことができるのだ。 私はその話を聞いて、望月の人と人の繋がりの強さを感じた。そして小城さんにとっても、そんな人とのつながりが、望月の一番の魅力なのだという。

最後に、前回からお決まりとなった質問を小城さんに投げかけた。

「ファッションやデザインを志す10代へひと言」

小城さんの答えは 「とらわれないこと。自由であり続け、自分にしかない個性を出すこと」

この言葉は、自分のやれることを見極めている小城さんに言われると、とても説得力があり、心に刺さるものがあった。 そしてデザインをするうえで個性を出すことは、やっぱりとても重要だなと再確認することができた。

小城さんにお話を聞けてよかった!
心からそう思った。

今回の取材から名刺を渡すため、自分でデザインを考え、家でプリントした。 自分のデザインしたものを誰かに渡すのは初めてなので、少しドキドキしていた。でも、その相手が小城さんで良かったなと思った。

今度またお会いする時は、もっと成長した姿でお会いしたい。

(取材・文・写真/長野プロデュース科1年 丸山亜緒衣)

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