長野取材その1 リノベでよみがえった
門前界隅(長野市東町)

長野市の善光寺門前はリノベーションが盛んです。リノベーションとは、建物を改修すること。東町は、善光寺表参道の東側にあり、空き家となった古い建物を活用した個性的な店が並びます。

◇長野市のなりたち

長野市は、善光寺の門前町として栄え、江戸時代には北国街道の善光寺宿が置かれました。加賀や北陸の諸大名は、参勤交代の折に本陣(現在のフジヤゴホンジン)に泊まり、また参拝客の精進落としの花街(現在の権堂界隈)が置かれ、多くの人でにぎわいました。

明治時代になると、県庁が置かれ、町はさらに発展します。そして明治21年には長野駅が開業しました。昭和に入ると、経済成長にともなって大型百貨店が町の中心部に開店します。

その後、経済の衰退や、大型ショッピングセンターが郊外にできたこともあって、百貨店は相次いで閉店しますが、門前の町並みは昔ながらのおもかげを残し、観光地として多くの人が訪れています。

平成10(1998)年には、冬季オリンピックの開催都市として、世界中から観光客が訪れるようになりました。

◇東町について

善光寺表参道の一本東側にある東町は、中心市街のにぎわいを支える問屋街として栄えました。

しかし、昭和40年代に長野市郊外に卸売団地がつくられ、問屋街は移転。町の人口は減少し、活気は失われます。

町には空き家や空き店舗が目立っていましたが、平成21(2009)年頃から、そうした建物をリノベーションし、あらたな店をかまえる人が増えています。

◇カネマツ、そしてボンクラとは

東町のリノベーションの先駆けが「カネマツ」であり、それを運営するのが「ボンクラ」という組織です。

カネマツは、明治43(1910)年に建てられ、大正、昭和と増築された建物です。もともとは紙問屋で、昭和46(1971)年からビニール工場 兼 倉庫として使われていましたが、平成21(2009)年から空き家となっていました。

それを借り受けたのが、建築士、デザイナー、編集者などから成る「ボンクラ」です。彼らは「有限責任事業組合(LLP)」を組織し、建物の大掃除、改装を重ねてカネマツをシェアフィスとして再生しました。現在も個々の仕事やボンクラとしての活動をとおして、町の活性化に貢献しています。

(取材・文/NP)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です